「ここまで来るともはやヴァイオリンは弾くのでなく、押したり引いたり叩いたりするものになる。
アダージョはまた行儀よくなって聴衆の心も静まるが、またたちまち暴れ出しフィナーレに突入して
狂暴きわまるロシアのお祭り騒ぎに変わり、野蛮な顔がハッキリ見えたり罵倒の声が聞こえたり
ウォッカの匂いがしたりする。
かつてとある評論家がある猥雑な絵画を見たとき、悪臭まさに目に迫り来ると言ったが、
チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を聴いて、悪臭まさに耳に迫り来る音楽もあることを知った。」

  (ノイエ・フライ・プレッセ、ウィーン 1881年12月5日)