ブルは「ドイツ祖国の歌」「ドイツの歌」という合唱曲を書いている。

オーストリアが小ドイツ主義によるドイツ統一から締め出された後も、
ドイツ系住民は「オーストリアのドイツ人」という認識を持ち続けたので、
帝国が解体されるとドイツ国とオーストリアの合併の機運が改めて高まり、
ナチス主導による併合が実現した。

ところが、いざ併合されるとオーストリアは何かと不当な扱いを受けた。
(ウィーンフィルが潰されかかったこともその一例。)
そういう中で「オーストリア人」というアイデンティティが芽生えて戦後に至るが、
今でもドイツ人かオーストリア人か、というのは微妙な問題らしい。