あのね、アルゲリッチとキーシンは全然違うよ。ショパンのP協はキーシンはアルゲリッチのを
よく聴いてだいぶ影響されてるけどね。ま、子供の頃だから仕方なかろう。音楽の意外性、あるいは
自発性というのはリヒテルがDVDのエニグマー謎でも言ってるように表現芸術では大切な要素だよ。
つまり、クラシックを聴くってことは、同じメロディーを何度も聴いて楽しむってことだろ?
聴き手の頭の中にあるメロディーの原型を大きくそして美しく裏切ることが重要な要素なんだよ。
リヒテルは楽譜どおり弾くとか言ってるけど、やっぱりよく音楽の意外性の重要さを理解してると
思うよ。その点で、キーシンはまじめすぎるんだよ。丁寧すぎる。例えば、書道の一筆書きを
イメージしてみればわかる。その墨のかすれ具合や勢いとかそういったまさに芸術的な要素を芸術を
理解する人は美しいと感じるわけ。それが、キーシンは分かってないというか、分かっていても
表現できていないんだよ。