>>768
もしかしてF井さんですか?
「レノーレ」(メロドラマ)とか、「芸術家に寄す」とか舞台に乗せたことある人に、
「十字架の道行」はやらないのか尋ねたことあるけど、あまり乗り気でなかったな。
聴衆を納得させるだけのモチベーションが、楽曲の性質上かなり難度が高いせいかも。
合唱なしの独奏楽器(特にピアノソロ)版は、音響的にさらに難易度が高い気がする。
加えてソロ版演奏を、合唱版のB独唱(イエス)・合唱(賛美歌)・鍵盤(情景描写)の
どこに視点を置くのか(あるいは複数の視点を俯瞰するように解釈するのか)の
プレゼンテーションは、キリスト教文化に縁のない人には必須と言えるかも。
最後の最後に、#2個でアヴェ・クルクスと連呼する大胆な転調は何の意味があるのか、
どの音形が誰の何を意味したものなのかの説明だけでも、聴衆の理解の一助となるはず。
(例えばプロコの「ペーターと狼」の登場人物の、動機と展開の説明みたいなのね)
もちろん純粋に器楽曲として、記譜された音譜だけで勝負するのも一つの方法ではあるが
(そして、それらすべてを想定して許容するべく構成・作編曲したリストも凄いのだが)
大半の聴衆は頭の中が???となって、苦痛の時間を過ごすことになりかねないような。
ニレジハージ(はこの曲の録音ないが)みたいな弾き方ができれば、それも面白いかも。
ショッキングな場面では、いかづちの轟くような爆音を補強しても解釈上良いと思う。
そこまでせずとも、合唱版から省略されたフレーズを復活させるのも悪くはないかと。
聴衆に理解されるかどうかは、プレゼンテーション次第である程度クリアできると思う。
もしも舞台に乗せる機会があったら、私も聴きに行きたいと思うから情報よろしくね。

ちなみに、演奏会のプログラムはどのように構成する予定なの?
恐らく主義主張やテーマを設定してそうな気がするので、よろしければ披露してほしい。