>>441
今オリジナルにあたってみた。
出典はジョージ・ヘンシェルが書いた日記で日付は1876年2月26日、場所はコブレンツ。
前日にマシュコフスキ指揮のオーケストラのコンサートでブラームスがソロを弾くことになっていて、
前々日にゲネプロやったのだがそこでシューマンの大事なところで音を外してしまい、
翌日午前に会場でブラームスがひとりで練習をしていたという状況。
でも不平を言ってたのは合唱幻想曲に対してで「この延々と続く単純な音階が頭にくる」と言っていた。

で、ブラームスは1833年生まれだからこのとき42-3才。
この歳までコンサートピアニストやってたのはちょっと意外だね。
1876 年と言えば交響曲1番を完成させて作曲家としても脂の乗り切ってた頃だから。