二流指揮者ベームを今こそきちっと葬るスレ
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0574名無しの笛の踊り
2008/06/01(日) 16:50:53ID:5KLbv+2u表現主義の一つの目印は古典主義的な均衡を無視して、誇張やデフォルメを行うこと。
クレンペラーの音楽設計や響きの作り方には、晩年の録音にも表現主義の残り香がある。
一つだけ例を挙げるなら、エロイカの葬送行進曲の冒頭で、ヴァイオリン奏者を半分にしてしまったことなど。
そういうデフォルメを多々行いながら、造型が崩れなかった点がクレンペラーの偉大さだけどね。
新即物主義には、人間の醜さを直視しリアルに描き出す、という一面がある。
これは社会批判にもつながるわけだけど、ベームのキャリアで最初の大きな成功が、
ベルクのヴォツェックだというのは偶然じゃない。ベルク自身はむしろその前の
表現主義の肌合いの強い人だが、ヴォツェックは新即物主義好みの題材。
同じくリヒャルト・シュトラウスを振っても、薔薇の騎士がどうしても
サロメ、エレクトラに比べて聞き劣りするのも、ベームの新即物主義の
表れじゃないかとおいらは見ている。
以上はもちろん、おいらの独断と偏見による見解だがな。
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