>>463ですが、自分で読み返してあまりに印象批評的だと感じたので、もう少し具体的な補足を。

アシュケ/RSPOのシベ6で特に気になった点をひとつだけ挙げるとすれば、
第2楽章、練習番号Gの、弦のキザミの上でフルート、オーボエ、クラリネットが、
小鳥の鳴き声のような短いパッセージの掛け合いをする箇所。
この練習番号Gの入りの箇所には、Poco con moto(少し動きをもって)とシベリウスの指示があるが、
ここでアシュケは Poco の指示を無視して、かなり急激にテンポを上げている。
このテンポに木管がついてこれずもたつき気味になり(特に第135-6小節)、
それに伴って一瞬弦のテンポも緩んでしまう。
実演ならまだしも、スタジオセッションでこれを放置するのはいただけない。
>>337 が「解釈云々よりオケがついていけてない」と書いているのも、一例をあげるならこのあたりか。

でもおそらくここに限って言えば、問題は、
オケがついて来れないテンポを、作曲者の指示を無視してまで押し通す、指揮者のほうにあるようだ。
解釈上の必然性があればそれもやむなしだが、それほどのものも感じ取れなかった。
(テンポを上げるのと「動きをもつ」のとは同じではないことは、ヴァンスカ/ラハティoを聴けばわかる。)
ほかにもいくつかあるが(とくに第4楽章)、長くなるので止めておこう。

世のアシュケナージ・バッシングには与しないつもりだが、
結論としては、アシュケのシベリウスは「ちょっとイヤな臭いがする」と言わざるを得ない。