どの声部とどの声部を絡ませれば曲を面白く聞かせられるかを知悉しているという意味では
現代の指揮者ならスクロヴァチェフスキーに通じるものがあると思う。
別にコーホーがいうような「枯淡の境地」を否定するつもりは無いけど、
この人の知的な面を見逃しているというか...