このスレの上の方に、朝比奈先生の初期ベートーヴェン解釈とアーノンクールを
初めとするピリオド様式とを対立させている内容があるが、礒山雅氏のコメント
>>60(だけ)ではなく日経の元記事を図書館に行って読んできた上で書いているが)
を含めて、全く間違っていると思う。
朝比奈先生の解釈の基本精神は終始一貫して「楽譜に忠実に。」まさにこれに尽きる
わけだが、この精神はアーノンクールのそれと全面的に共通するものだ。
現に、アーノンクール指揮ヨーロッパ室内管の非常に有名なモーツァルト後期交響曲集
のCDと、朝比奈先生指揮大フィルの後期交響曲のCDとは、表面上の違いを超越して
本当に不思議なほど感覚がお互い似通っている。
編成の大小とか、ヴィブラートの採否とかはあくまでも技術上の問題に過ぎず、それを
越えてその背後にある、あくまでモーツァルト、ベートーヴェンの作曲当初の意図に迫って
いこうとする気迫は全く同じ精神のなせる業であり、それが同質の響きを生んでいるのだ。
アーノンクールが朝比奈先生指揮大フィル演奏のモーツァルトやベートーヴェンをもしも
聴いていたら、同じ道を進んだ偉大なる先達として朝比奈先生のことを心から尊敬していた
のではないだろうか。