>>608
インバル&小泉という組み合わせは、
読売日響のスクロヴァチェフスキ&下野を思わせます。
こっちはプリンシパル&レジデント、向こうは常任指揮者&正指揮者という肩書きですが、
役割分担としては、かなり似ているんじゃないかな、と。
象徴的で、かつ偉大な存在としての前者、実務に秀で安定した信頼関係を築ける後者。

ただ、インバルがいくら気合いを入れて取り組むだろうと言っても、
たった6週、それも年間2回の来日に収まってしまうとすれば、
半年に一度の特別イベントの域を出ないのではないかと思います。
すでに、お互いにとってメモリアルな時間をつくりましょう、
という限定的な予定調和の上に成り立った契約のように思えてなりません。
そこからは、インバルの存在を通してオーケストラの音を変えるとか、
支配権を預けてつくりかえていくといった積極的なコミットメントは見えてこない。
批判的な視点をもつ人は、この関係が薄いものにならないか心配しているのだと思います。

とくに指揮者その人に大きな思い入れのない者としては、
はっきり言ってインバルの個人史やその老境の在り方などに興味はない。
その人にオーケストラを任せる、という体制になっているのかどうか、つまりは
都響がどのように変わるのか(変わらないのか)ということにこそ関心があります。

むしろ、オーケストラの音楽的なマネジメントやオケの将来を考えれば、
より多くの演奏回数をともにすることになるかもしれない
小泉さんの果たす役割の方が大きくなるかも、と思いますが、
どうもそのへんの役割分担や権限の問題はよくわからないまま。

来てくれるだけで御の字の大きな存在だというのはわかります。
ただ、みなインバルインバルと少し浮かれすぎなんじゃないかと。