ミュンヘンフィル奏者にとってチェリとの時代は幸福だったのかな?
例えば、犬響はアシュケが様々な形でサボタージュ的な反抗(嫌がらせ)されていた。
ミュンヘンの奏者達のうちにチェリのある意味、特殊な(不自然な)表現を強要されているだけだ、的な意識はなかったのかな?と。
チェリの文章を読んだけど、演奏解釈の各論には強い説得力を感じなかった。
やはり本人が、理屈ではない非常なカリスマを持っていたんだろうけど。