音楽性どうこうは比較しようがないが、ホロヴィッツのある意味奇形なテクニックは
ニューヨークスタインウェイの音量的な可能性を犠牲にした上になりたっている。
ハンマーを硬くしたピアノで弾けば、ある程度まではホロヴィッツ的な表現は可能だが、
音量が犠牲になる上、狭い音量のパレットをコントロールする驚異的な能力が必要だ。

チューチョバルデスやオスカーピーターソンのようなピアニストのテクニックは
完全に健康的なテクニックといえる。
ステージ上で見ても巨体と巨大な手で楽器を体の一部に組み込んだような演奏だった。

反論はあるだろうが、ジャズや曲芸ピアニストの演奏技術というものは、クラシック
のピアニストの比ではないと思う。
クラシックでは曲が要求する以上のテクニックを追及しないでしょ。
ジャズの中では、今でも曲芸的な要素がたくさんあってエンタ−テインメント的な要求から、より速く、
より強く、より正確に、というものを自分の限界まで極めようという要素がある。
サーカスや京劇に近いものがいっぱいあるということです。

クラシックとジャズの演奏技術のみを比較するのは、セルシオとレーシングカーをサーキット
で競わせるようなものだと思いますよ。