カラヤンやベームが現役バリバリの時は、小澤のドイツ音楽を褒める人なんて誰も居なかったし、
BSOとの来日公演ではR.StrausやBrahmsが取り上げられたが、吉田秀和先生に緩抒楽章の情感の薄
さを指摘されていた(と記憶している)のを初め、決して好意的な演奏会評は多くなっかった。
LDになっているから視聴された方も多いと思うが、会場でもBrahmsに対しては壮絶なbooingさえ
飛んでいた。booingを飛ばした人は、俺は小澤なんぞのBrahmsは認めないという気持ちの表明と
感じられたし、当時はやっぱりBrahmsはカラヤンかベーム、というよりベームと答えるのが模範
解答だった。booingは不快だったけど、仕方ないと会場の聴衆の誰もが思っていた。
日本人は小澤に冷淡だったのだろうか。近親憎悪?否、西洋音楽の歴史が無い国の人達は、小澤
の音楽のそれらしくない点を許容するだけの懐の深さが無かったのだ。それは、日本であっても
米国であっても同じこと。