ロシアの作曲家が冬を題材に作曲する場合、冬をどのような存在として扱うのでしょうか?
最近ふと気になったんです。

やっぱり極寒の地ロシアでは、生命を奪う畏怖の存在として考えられているのか?最初はそう考えました。
でも実際に冬関連の曲を聴くと、意外と可愛らしい曲・美しい曲・神秘的な曲多いようなんです。
例えばチャイコフスキーの四季の1月、11月、12月あたりは普通に美しい曲です。
くるみ割り人形の雪片のワルツは、少年合唱の入る非常に神秘的な曲。
交響曲第1番「冬の日の幻想」第2楽章は、標題の割にはフルートとオーボエの優美で少し物悲しい曲です。
劇音楽やオペラに用いられる「雪娘」も、切ない恋物語ですよね。

まあたまたま聴いた曲がチャイコフスキーばかりなのもあるのでしょうが、予想と違う感じです。
悲愴の終楽章みたいに厳しい曲が多いのかと思ったんですが、実際のところはそうでもない?
やはりひらひらと舞う雪に幻想を感じてたのでしょうか?
それともちゃんと恐ろしいイメージの曲も多いんでしょうか?