タイミングを失した長文なので適当にスルー希望。
音楽作品のような抽象的な創造物をカテゴライズするためには
カテゴライズする人の審美眼に音楽界からの信用がないと駄目なんじゃないかな。
(匿名や名前を出しても誰だかわからないような人が言っても説得力がないってこと)

自然科学で使われる事象の名前とかでは齟齬は起こりにくいけど
社会系や芸術系の抽象的な言葉のフォローする範囲ってどんどん拡大したり曖昧になる傾向があると思う。
事柄について真剣に考えている人ほど 現状の温さが許せないんだろうけど
少なくとも俺の周りの自称クラシック愛好家は
交響曲と交響詩の作曲形式の違いとか単に技術的なことが分からない人たちも多い。

そんな現状の中で一人で硬いことを言っても仕方が無いような気がする。
wikiは匿名だろうけど 多くの人の共通のコンセンサスではあるでしょ。
そこいら辺が落としどころで良いんじゃないかな。

でここからは完全に自論。
カテゴリーの名前や権威に寄り添って活動した作曲家も多いと思うけど
音楽史の中で核になる作曲家って
カテゴリーからの脱出や打破をするために新しい作曲語法の模索をしていた人たちで
その志の系譜(の作品)がクラシックの名にふさわしいと思っている。
演奏家についてはそれぞれ得意や専門はあるだろうけど単に「演奏家」でいいと思う。