ホロヴィッツは、いかに聴衆の耳を(悪い言い方で言えば)誤魔化して
美しく聴こえさせるかにこだわったピアニストだ、と言えるんじゃないか
そのためにマルカートなタッチを多用したり、旋律を歌わせることに長けていたり
作曲者の意図を無視したり(説得力があるから許されることだ)
演奏家にありがちな哲学とか精神性なんてものは最初に捨ててるんじゃないか。
とはいっても、その美を追求する姿勢から、我々が、精神性みたいなのを感じ取ることはできるけどね。
そういう意味で、中身が無いという指摘はあってもいるし間違ってもいる

ホロヴィッツのスタイルを一概に論じることはできないけど、時期で分けるとするなら
青年期:サーカス 壮年期:完璧 晩年:上澄み
なんて風に例えることができそうだ