日本軍の降伏後、アメリカ軍に接収され長門は、米軍の核実験に標的艦として参加。
1946年7月1日の第一実験(ABLE、空中爆発)では爆心地から約1.5kmの位置となり、
爆心地方向の装甲表面が溶解したのみで運行に問題なし。
7月25日の第二実験(BAKER、水中爆発)では爆心地から900-1000mの位置にあり、
右舷側に約5度の傾斜を生じた。それでも長門は海上に浮かんでいたが、4日後の7月29日の朝、
既に長門の姿は海上にはなかった。7月28日深夜から29日未明にかけての夜間に、
誰にも見取られる事なく静かに転覆し沈没したものと見られる。
現在、長門沈没地点はダイビングスポットとしてこの地の貴重な観光資源となっている。