<リヒターのことがあったので>
リヒターのマタイは、1958年/1969年(東京ライブ)/1971年(DVD映像)/1979年の4種類ある。

来日は、1969年4月〜5月にミュンヘンバッハと、1979年2月には単身でオルガン・チェンバロのリサイタルをした。
そして1981年5月には再びミュンヘンバッハと来る予定だったが、2月に永眠のため、弟子のギュンター・イェーナ指揮のもとに「追悼コンサート」としてミュンヘンバッハのコンサートがあった。

1969年のリヒターは、精悍そのものといった感じで近寄りがたい雰囲気だったが、1979年は分厚いメガネをしていて、単身来日のせいかどうかはわからないが、優しくなったという印象だった。

1979年のマタイについては、>>884もひとつの見方として興味深く読んだ。
確かにリヒターは、ミュンヘン聖マルコ教会のカントール・オルガニストの任にあり、ミュンヘンバッハ合唱団も同教会の聖歌隊でもあったので、バッハの宗教曲はあくまでも教会音楽としてとらえていたと思う。
(1969年4月26日付の朝日新聞掲載の来日記者会見で、「バッハの宗教音楽は、あくまでも教会音楽と考え、その中にとどまるべきだと思う」と語っていた。)

バッハ演奏の変遷という視点からは、やたらと早いテンポで演奏するピリオド楽器全盛の昨今では、1979年盤はややもすれば時代錯誤と受け取られがちだが、一方「アダージョ」が癒しとして受け入れられている事を考えれば、
バッハの演奏様式だけを云々する愛好家はともかく、全く白紙の状態で聴こうとする人々にはどう受け取られているか興味がある。

私は1958年盤は端正さで好きだが、1979年盤はふくよかさで好きだ。