ドイツ人のある種のタイプは意外と繊細で脆くて生真面目過ぎて生き方が不器用。
ナチス体制が崩壊しドイツが敗戦した後とか最近だとベルリンの壁崩壊の中で
自殺したり病気になったりアルコールに走って才能を散らせてしまった何人もの著名な
東独音楽家や文化人がいたけど、リヒターにもそういう不器用なドイツ人だったのではないか。

若い頃のあの58年マタイ以降、バッハ演奏の第一人者と持ち上げられ、アルヒーフから
はDGのカラヤン的なポジションを期待され、事実トップランナーだったうちはよかったが、
気がついてみると古楽器・ピリオド勢力の台頭で、梯子を外されたような形になった。
実際、70年の時点でバッハ演奏のトップはリヒターからレオンハルトやアーノンクールに
代わってたとみるべきだろうし、そんな中で演奏に悩みや迷いが出てくるのは当然。
それが一連の後期のカンタータ録音であり79年マタイだったろうと思う。
オリジナル派にあえて対抗してるかのようなあの過度にロマンチックなバッハを聴いてると、
リヒターはすごく疲れてたんだろうなと、79年マタイを聴く度に思ってしまう。