それからベームの晩年から死後の数年間にかけてDGがウィーンフィルとのコンビとしてバーンスタインを
強力に押し出していて,しかもベームとレパートリーがモツ,ベト,ブラと重なっていた。
そこで日本の太鼓持ちヒョーロンカがベームよりバーンスタインが優れているというキャンペーン(?)
みたいなのを張っていた。それからカラヤンがBPOとの関係を悪くしたこともあって
VPOとの録音を増やしてきた。それらも大いにもてはやされた。
ついでにベームが死んだ頃はちょうどLPからCDへの端境期で再発が控えられていた。
そんなこんなが重なった現象じゃないかな。