>191
190です。要は同じ会社の中で競合を生ませると言う当時全盛期のDGの戦略です。
当時のDGはそれによりカラヤンファンとアンチカラヤンを同時にお客にできたのです。
DGは当時フィデリオをベームで録音してカラヤンには同曲の同時録音を認めなかったので
カラヤンはEMIに録音したのです。(フランク等の伏線はあったけど)このフィデリオは
当時アカデミー賞の最終選考でショルティの魔笛と激しく争い惜しくも賞を逃したそうです。
更にベームが衰えたと知るや すぐバーンスタインに乗り換えた当時のDGの狡猾さに
感心します。バーンスタインは米人指揮者で権威がなかったのでアカデミー賞の
ベートーベンやブラームスの全集で大賞を取らせました。
確かに名演だし買ったけれど大賞と言うほどでは決してない演奏でした。
(アンチバーンスタインというのは存在しないので取れたのかもしれないが)

バーンスタインはベームよりは恐らく上だと思うけれどカラヤンと対抗するには
音楽の根源であるオペラが弱すぎるし演奏にもムラがある。
アバドは申し訳ないが殆ど相手にした事がない。1970年代は素晴らしかったが。