私が引退して大分経過した、1937年6月、コヴェント・ガーデンの楽屋を訪れて
しばし歓談のときを持ったのがフルトヴェングラー君に会った最初だった。最後は
1953年9月、メニューイン君と3人、エジンバラで楽しいひと時をもった。
氏は一言で言えば偉大なる愛の伝道者。その氏を敬慕する日本人の間でしばし氏の
遺した録音のCDを巡って誠に愛のかけらも感じられない言葉がやりとりされるとは、
実に不快で情けない。この全ての現象の背後で、張り巡らした蜘蛛の糸の中心で
糸を揺さぶっているのは、膀胱珍を合言葉とするドン、その本来の職業は数学教師。
名前はモリアーティだ。まもなく私との最後の対決のときがくる。
                       (サセックス、UK在住)