音楽ではそうした精神性にだまされないために、先入観とか常識から自由であることが最も大事になる。
音楽の敵はそうした精神性。いつしか、伝統と勘違いして手垢がたまってくる。絶対性を失う誤解が広まるケースがある。
自分の感情に忠実になれず、余計な精神性を入れてしまうようになる。クラシック音楽は歴史や経験の積み重ねではない。
一度しかない感情表現。余計な知識はマイナスになることが多い。

クラシック音楽では練習が重要だが、そこでは精神性を高めてるわけではない。
勘違いしやすいのは、劇の練習のように予定調和をはかるためのものではないということ。
頭と体を一体化させるために行うもの。つまり精神が働く過程を消すためのもの。
十分に練習すると、頭で考えずに演奏できるようになる。自然に音を出せるようになって感情表現になる。
フォルテも、絶対的にfでなければいけないから自然にフォルテになるのであって、精神のありように応じてpに変えたりしてはいけない。
指示記号は作曲家が「指示」したものではない。書いていることはほぼ正しいが、書いてないからといって自由というわけではない。
かならず答えがある。個々の精神に応じて不定形にしてはいけない。
ただし、感情の揺れとして演奏は常に変化する。これは演奏そのもの。音楽そのもの。CDでは分かりづらい。