>>762
>一つの例として、モーツァルトのハ長調は、聴き手に、調和・秩序・均衡といった
>概念を想起させるが、これはどうか?

>作曲者の精神性の一つの現われではないのか? 

調和・秩序・均衡は楽曲だけから決まっている。調和・秩序・均衡は精神性と同じように、モツの曲が示した意図ではない。
ドミソは協和音、調和だが、曲の終わりがドミソであっても調和して終わったこととは違う。一度で終わることが絶対だから一度で終わる。自然法則で決まってる。
絵画や彫刻などの芸術で調和・秩序・均衡を表現するのとは違う。これは作者の世界に対する個人的な解釈。
音楽製作の際には人間の活動だから精神から逃れることはできけど、できたものは精神性とは関係ない。調和・秩序・均衡が感じられても、
それは具体的な精神性、個人の解釈。もしモツから秩序だけを抜き出したら、凡演になる。あくまでも抽象的・絶対的な美を表現したもの。
我々がモツを聞くのは美しいから。美しいからクラシック。