そのなかでは、具体世界への徹底した没入という点で、ランボーだけは異質だね。
ある批評家が、ランボーについて言った言葉を引く。単に感覚的とは言い切れない。

その昔、未だ海や山や草や木に、めいめいの精霊が棲んでいたとき、恐らく彼らの動きに則って、
古代人達は美しい強い呪文を製作したであろうが、ランボーの言葉は、彼らの言葉の色彩や重量
にまで到達し、若し見ようと努めさえするならば、僕らの世界の至る所に原始性が持続している
様を示す。僕らは、僕らの社会組織という文明の建築が、原始性という大海に浸っている様を見る。

どう思う? おれはこの言葉が好きだ。