吹奏楽の世界で有名な作曲家の兼田敏氏は、
「葬送行進曲も行進曲だな」といって、「嗚呼」という
曲を書いたそうです。
しかし、特に葬送行進曲でなくても、人間のあらゆる「行進」の
最終的な目的にはその死があります。
否、逆に言うならば、葬送行進曲こそ、ひとりの犠牲によって、
他のすべての生者が、その「死への行進」から、唯一解放される
場所において鳴り響く、と言えないこともありません。
ほんとうは、こういう相対化された思想をすべきではない
かもしれませんが、
一般的な行進曲がその裡に秘めている生の限界と、葬送行進曲だけが
そのカルマを解放できるということを、なんとなく
書きたくなりました。