・2002年3月にデュトワが二人の楽団員を首にする手続きに入る。(首にするには
楽団員の代表による投票が必要)
・2002年4月7日付La Guilde des musiciens du Quebec代表Emile Subirana名で
デュトワに関する公開書簡が発表される。公開書簡の内容は二人が首にされる
理由はないしデュトワは横暴でいじわるだと告発するもので、「Unless
Maestro Dutoit can somehow dramatically change his attitude, he should
seriously consider spending the next 25 years elsewhere.」で結ばれている。
・それに対してデュトワは数日後に辞任を発表。以降この件に関しては
ノーコメントを貫く。
・その後、デュトワを慰留するかどうかの楽団員による投票を「行わない」ことを
決定し、デュトワの退任が決定。
・首席フルーティストのティモシー・ハッチンスをはじめとして数名の奏者が
一時的にOSMを休職。
・ヨーヨー・マ、ロストロポーヴィチなどがOSMをボイコット。
・Emile Subiranaは金銭トラブルを起こして2003年に代表を首。
・2005年にOSMでストライキが発生。その時のユニオン代表Marc Beliveauは
デュトワが首にしようとした一人。