エフゲニー・ムラヴィンスキー 6
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0810名無しの笛の踊り
2008/02/21(木) 13:06:24ID:rmtw9vjgカラヤンがムラヴィンスキーのショスタコの五番を聴いて驚愕し、
それで五番は取り上げなかった、という話がある。
カラヤンのショスタコ10番は結構期待して聴いた。
ベルリンフィルならレンフィルにひけをとるはずもないから、
さぞかし凄絶な演奏だろうと思ったら、見事に肩透かし。
カラヤンがムラヴィンを意識して、わざとムラヴィンのツボを外したような感じ。
全体の構成をきれいにパースにして起こしたような演奏で、
(たとえばスターリンに怯えるような)音楽以上のドラマはないと思う。
ムラヴィンを基準に考える人間からすれば、つまらなく思えるのは当然。
カラヤン、オーマンディのショスタコは、
「現代曲も取り上げてみました。丁寧にいい仕事しましたよ」
というものじゃないのかなぁ。
カラヤンサーカスにしても、フィラデルフィアゴージャスサウンドにしても、
オケをきれいに大きく豊かに響かせることを第一にしてるようなところがある。
それは多分にレコードの存在を意識したからではないのか。
作曲家やそのファンにしてみれば、お気に入りの作品が美音で丁寧に演奏されれば、
そりゃうれしいには違いない。
しかし。
ムラヴィン&レンフィルの音楽は、巧くて鳴るのは当たり前(しかもそのレベルは驚異的)。
その上で何をどう表現するかが問題だったのだと思う。芸術家としてはそれが、
その方が誠実な在り方だろう。もちろん出てきた音楽が素晴らしいからだが。
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