>>278
その辺の問題が起こるのもモーツァルトあたりまでなんだろうけどね。
ホロヴィッツ晩年の488を聴いたことあるかな?
あれは演奏としてすぐれているかどうかはともかくとして、収録映像の中におもしろいシーンがある。
第1楽章を弾き終わって休憩中のホロヴィッツに対して、プロデューサーが、
「集まってるジャーナリストたちのインタビューにちょっとだけでもいいから応じてほしい」と頼む。
(評論家嫌いの)ホロヴィッツはものすごくいやそうな顔をするんだが、それに続けてプロデューサーがたたみかけるように、
「いま弾いたブゾーニ作のカデンツァのことなんかをひと言しゃべってくれればいいから」と言った瞬間、
ホロヴィッツもしょうがないなという顔でわかったわかったと言ってインタビューに応じることになり、
インタビューの中では、(半分やらせっぽいが、)「いまのカデンツァは誰のものですか?」なんていう質問も出て、
ホロヴィッツがそのカデンツァについて得々と語るシーンが出てくる。

まあブゾーニのカデンツァを使うことはプロデューサーはあらかじめ知っていたんだろうけど、あえてそれに触れることで、
ホロヴィッツのこのカデンツァを選んだこだわり(「いちばん有名なモーツァルト自身のカデンツァは弟子用かなにかで易しすぎ。
モーツァルトが自分で弾く用に書いたものとは思えん。」みたいな発言をした。)を引きだし、インタビューに応じさせたと思える。