都響の弦は潤いのある良い演奏 というのは知られてますが
最近流行りのピリオド奏法をやりだすと どうなるか?
まるっきり都響の印象がかわりますよ
古楽時代の響きを再現することは必要ですが
聞いて気持が良いか悪いのかは別で
古楽礼賛する人は
例えばノリトンの演奏を聞いて「成程、これこそ 忠実な古楽の響きだ!」
とそんな辺りを感心しているだけなんでは
と思います
作曲家だって楽器さえ早く開発されれば ビブラートを
大いに多用したかもしれないでしょう
というわけで
都響は都響の艶のある豊かな響きは残すべきと
思います