>>285
スケルツォに限って言うと、ブル自身が「ドイツのミヒェル(愚直なドイツ人の例え)」と語っていて、
田舎っぽさもそうしたところから現れてくるのだろうから、それが好きでないのなら仕方がない。
ごく限られた素材の反復と安定した(2小節や4小節単位の)拍節で音楽を築いていく、
後期ブルのスケルツォの面白さはよく出ていると思うので、そのあたりに注目してはどうだろう。

フィナーレについては第1主題の伴奏が「阿波踊り」っぽいわけだけど、
楽譜にこだわると「阿波踊り」的なものとは違うリズムという回答も出てくるらしい。
ヴァントは「前打音+4分音符…伴奏」と「(前の拍の)16分音符+4分音符…主題旋律に出てくる」の違いを述べていて、
録音でもそのあたりへの拘りが聴いて取れるので、未聴なら試してみては。

ブル8はこの作曲家にしては劇性を重視したつくりになっている印象。
全楽章を通じた起承転結の流れを意識している(聞き手に配慮している)というべきか。
そのため俗っぽさ・品のなさといった面が表に出て来るのだろうけど、
そこはそのまま「壮大な音のドラマ」として受け取れるのが良いのではないかと。
まあ、自分も第9番の方が好きなわけですけどね。