>>333
確かに「白鳥の歌」という表題は、現存する楽譜自体に記されていたりするのではないので、
その意味では正確性を欠いており、申し訳ない。

けれども、シュッツの弟子であったコンスタンティン・クリスティアン・デーデキント
(Constantin Christian Dedekind, 1628-1715)は、シュッツと同じ詩篇119篇に作曲し、
1674年にドレスデンで出版しているが、その序文の中で、
シュッツが亡くなる直前に詩篇119篇に作曲し、明らかに自身の「白鳥の歌」とする
つもりだったと回想している。

ニュー・グローヴ音楽事典のシュッツの項目では、この点について
「... expressly designated it as his swan-song」と書いているんだけど、
原文のニュアンスまではちょっと確認できないので、このぐらいで許してください。

>>334
このCDの録音は1985年、ヒリアーがヒリアード・アンサンブルを脱退したのは1989年、
ちゃんとヒリアーも演奏に参加しているよ。

このCDは、当時レフレクセという古楽レーベルを展開していたEMIエレクトローラが、
シュッツ生誕400年を記念して、北ドイツ放送協会と共同で
当時のレフレクセの看板アーティストを動員して録音したんだよね。