ベルリンは戦争のインパクトが大きく、革新的な風土が出来上がって、カラヤンの活躍も
その中でなされたが、ミュンヘンはもともと超保守の都市だ。キリスト教民主同盟(CDU)が
バイエルンだけはキリスト教社会同盟(CSU)になっていて、さらに徹底した保守主張をしている。
リヒターはプロテスタント音楽の出自とはいえ、東ドイツに残ればトマス・カントルの地位も
当然だった伝統を引き継ぐ存在であり、そのような風土にマッチしたと言える。
地元を代表するオーケストラであるバイエルン放送交響楽団も、ヨッフムやクーベリックという
カトリック圏の指揮者を意図的に選んでいるのであり、演奏会場がリヒターの録音会場と
同じ古風なヘルクレスザールだったのも、モダンな新フィルハーモニーを本拠としていた
ベルリン・フィルと対照的だ。