リヒターは、バッハの声楽曲で、つねに最高の評価を得てきた。
しかし、いかんせん、肩がこるような厳密さで、ちょっとした忍耐を
必要とした。
で、バッハはまだよかったんだけど、ヘンデルも同じような手法で
処理しようとした。最初の「メサイア」は、ドイツ語で歌われ、それなりに
よかったんだが、彼の厳密主義からは、言語の点で外れている。
それで、英語版を出したんだが、歌手もおとっているせいもあるが、
彼の資質とヘンデルのそれは合わない。
そのちょっと前に当時全曲がなかったヘンデルの「ジューリオ・チェーザレ」
を出している。4枚組みのLPで一枚に1時間以上詰め込んだ。
タイトルロールは、カストラートの役で通常はアルトで歌われるのだが、
それをディースカウに歌わせた。
クレオパトラは、マーティナ・アローヨというソプラノを抜擢したが、
これほど、ひどい人選はない。アローヨ自身、ドラマティックソプラノで、
簡単な装飾音でてこずっている。
アリアは大部分がダ・カーポ形式で、通常繰り返しでは、装飾をつけて歌う
のだが、おそらく、楽譜にはそれがないという厳密主義がわざわいして、
まったく、同じメロディの繰り返しになっている。
リヒターの厳密主義は、そもそも、タイトルロールをバリトンに歌わせたところ
で、崩壊している。
これのCD復刻版がさいきん出ているが、リヒターおたくじゃないと、我慢が
ならないと思われる。