自分はシェーンベルクの曲のことを「微妙でセクシーだ」とまで言っておきながら自分にはそれがシェーンベルク全体が後期ロマン派に属すると思う根拠にはならなくてねw
つまりロマンチックだけどそれでも後期ロマン派ではないという印象を完全に正当化しているんだ。
この話題を続けることはつまるところ「音楽史的に見てロマン派とは何か?」というロマン派の定義そのもの(それも音楽自体を逐語的に言い当て続けて還元的に)についての議論ということになってしまうからそれを続けるのはやめることにするけど、
そうはいってもこの印象の食い違いが続くはっきりとした理由は今見ることができた。
それはまさに>>883が示すop.30以降=12音技法開発以降のシェーンベルクの変化に対する捉え方によるもので、
すなわち12音技法の小品群から擬調性の交響楽的作品群に至るという経緯を、
進展と捉えるか後期ロマン派への回帰(もしくは妥協や後退)と捉えるかの違いの一点によって、
シェーンベルク全体が結局のところ片足でも後期ロマン派の範囲にとどまるかどうかというその印象が決まるということです。
僕はあれが回帰だったとは思っていません。