シェーンベルクはリズムや形式までセリーじゃないのが矛盾だという指摘gがあるけど何も摩擦のない「つるつるした氷の上」みたいな理想言語を構築するためにセリーはじめたわけではなかったのでその指摘は的外れなんじゃないかなといいたくなります。
ロマン派の「背後にある真の意味を想起させるためのメロディーや動機や機能和声」に固執することへの反発がセリー始める大きな理由のひとつだったこと:
http://www.geocities.jp/mickindex/schonberg/schb_VzT_jp.html ←これシェーンベルクが無調時代に達したころに書いたものです。
後期ロマン派の調性という梯子を破壊できる分だけの無調性があれば反発するという目的においては十分だったのではないかなと思います。
初期の機能和声時代(浄夜とか)→無調時代(2.SQからの時期)→ 音列主義の時期 → 総音列主義回避の時期 → 擬似調性アメリカ時代:シェーンベルクの足取りってこんな感じですか。
かりに完全に理想言語を構築する目的でセリー技法を始めたのであればおっしゃるとおりシェーンベルクは音楽的に硬直していたと思います。
自分の和声や響きに対する鋭い感性/才能をかなぐり捨てて完全な論理的思考というかイデアに閉じこもるってことでしょうから(でもそうはしなかった)。