>>81
スコアの一応の成立年代はこんな感じ(実際には断続的に改訂の手が入るケースが多く、あくまで「一応」)。
 ヘ短調(習作)…1863
 第1番ハ短調…リンツ稿(1866)→ウィーン稿(1891)
 ニ短調(第0番)…1869
 第2番ハ短調…第1稿(1872)→第2稿(1877)
 第3番ニ短調…第1稿(1873)→第2稿(1877)→第3稿(1889)
 第4番変ホ長調…第1稿(1874)→第2稿(1878/80)→第3稿(1888)
 第5番変ロ長調…1878
 第6番イ長調…1881
 第7番ホ長調…1883
 第8番ハ短調…第1稿(1887)→第2稿(1890)
 第9番ニ短調…1887〜96(未完成)
リンツ稿は1877年(あるいは1884年頃)まで手が加えられているようだけど、
ティントナー盤と他の盤を比較する限りでは、基本的に微修正(管弦楽法の変更や小節の盛り削り)でイメージは変わらない。

ブルの交響曲は、第0番〜第3番あたりでその様式が明確になっていく(ベト9の様式、ワーグナーの影響を吸収しつつ)。
その点、第1番はブルの交響曲の中ではわりと特殊な外観を持っている。
これはブルが第1番の創作を始めた段階でベト9を体験していなかったことが大きいと思う。
第2番は、第1番のささくれ立つような先鋭性が後退し大人しくなった代わりに、構成感を強化している印象。
もちろん、第1番だけがまったく異質なわけではなく、第0番以降の作品は第1番の延長線上にある。
基本的なコンセプトを継承しつつ、諸要素を取捨選択・試行錯誤しながら発展していく…というイメージ。

あるいは第1番以外の交響曲は肌に合わないのかもしれないけど、
とりあえずは残りの曲も一通り聴いてから判断してくれると、個人的には嬉しいです。
多くのブルヲタは、各曲の個性・違いと同時に、
その底に一貫している「ブルらしさ」を感じ取っていると思われ。