音楽における評論の可能性
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0023名無しの笛の踊り
2006/11/18(土) 00:01:15ID:tH+/vzoqいやもう、ついてけない(-.-;)。だって、そもそも文章を読んだって、「純粋な印象」なんか受けないし。(誰かそんな印象を受けた人がいたら手を上げてくれよお!)
「回避を回避」なんて、ただの言葉遊びだよ。ついでだから、「回避を回避を回避」してくれ。
そもそも、ブリテンの主題がどこをどうすると「心の内に誰もがもつ湖」になるのか、その時点でただの独りよがりだ。ブリテンが聞いたら泣いて怒るぞ。
まあ俺から見るとだな、あんたの文章には高校生の文芸部員的な使い古しの表現しか出てこないようにしか見えないが、それも意図して行っているというなら偉いもんだ。でも、それなら、
>>1
>使い古された評論用語。
>「深み」「内省」「光」「陰影」「ウィット」
>どうやって評論はこの螺旋から抜け出すか?
なんてことを他人に言ったらダメだぜ(^O^)。
>30分の曲を曲の展開どおりに記述すると、一体何行になるのか。
>例えばソナタ形式の場合、私は評論をソナタ形式になどしない。
>主題の言葉による表現は、あくまで聴かれた印象から派生したものであるから、
>それが逆行するにしろ、拡大するにしろ、まずもって印象が先行するからこそ、
>それが逆行あるいは拡大した結果としての印象を記述する、それもそれが記述
>するだけの効果を評論に与えている限りにおいてだ。
なんだよお、
>音楽がなべて主題の変容であるとするなら、後は置換された表現を
>主題の展開に従って正確に展開していけば、それは音楽の言語による具体化となるはずである。
>あとの作業は時間軸に従い、その変容を事細かに記述し、それはソナタ形式や複合三部形式ともはや同様である。
って言ったのはそっちじゃんかよお!言ってることがコロコロ変わるなあ(x_x)。普通の人間の言葉ではな、「記述するだけの効果を評論に与えている限りにおいて」だけつまみ食いすることを「正確な展開」とか「事細かに記述」なんて言わねえんだよ。
まあ無手勝流で文章を書き出すよりも先に、他人の書いた文章をたくさん読めよ、少年!
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