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音楽における評論の可能性

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0001kyrie ◆.RYdSpBfEI 2006/11/09(木) 23:04:11ID:+/ea02vw
使い古された評論用語。
「深み」「内省」「光」「陰影」「ウィット」
どうやって評論はこの螺旋から抜け出すか?
どうやって世の評論家どもを啓蒙するか?
0002名無しの笛の踊り2006/11/09(木) 23:04:57ID:+/ea02vw
http://music.geocities.jp/karolszymanowski2000/main.html

ちなみに俺のホームページ 。
評論における、一つの新しい試みが弦楽四重奏においてなされている。

芸術に憑かれた者。
絶えず届かぬ理想を才の乏しさに嘆き、
疲れた者。
「生も暗く死も暗い」
Kyrieの世界へどうぞ…
0003名無しの笛の踊り2006/11/10(金) 00:07:47ID:j4TKhbDn
まぁ、1はスレ立てるよりも学校に行く方が先だな(w
0004kyrie ◆.RYdSpBfEI 2006/11/10(金) 20:25:30ID:NEK8Sbzi
これが俺の評論の中での最高傑作。



Alberto Ginastera(ヒナステラ)(1916-1983):弦楽四重奏曲第2番 Op.26 1958 ★★★★

銃弾が小気味よくリズムする。
一人の銃弾に倒れた男。目覚めぬ男の内で、銃弾が舞う大戦場での任務が、
彼の覚醒を許さぬ。


戦いの後。死骸の塊が血の海に島する。
腐臭。静寂。
四方から悲しみの風が吹く。親の悲しみ、恋人の悲しみ、子の悲しみ、倒れたものの
悲しみの風。
風は亡骸を巻き上げ、宙に巨大な十字を象り、鎮魂のミサが始まる。


男は柔らかい銃弾の絡み合いを悪夢し、自らもそれに絡み合う悪夢なのであって、
金属との交わりに意識は交わり、金属の粘性に世界は遠のく。
金属から意識を引き剥がそうと努めるほど、金属は広がり、
男を逃れぬように突き刺し、突き刺し、
男の悲鳴さへ意識に届かぬほどに彼を幾重にも塞ぎ、
男のもがきさへ意識の外に現れぬほどに、彼を銃撃する。
0005名無しの笛の踊り2006/11/10(金) 20:44:38ID:HfGqCL0t
>>3
日本語でおk
0006名無しの笛の踊り 2006/11/10(金) 20:46:11ID:nqTwfUAH
キリエというひとを騙って恥を晒させようとしてるわけですか。
0007kyrie ◆.RYdSpBfEI 2006/11/10(金) 22:12:55ID:NEK8Sbzi
>>5

このヒナステラの評論の表現は、もはや日本語を超えたものだと思うが、どうか?
0008名無しの笛の踊り2006/11/13(月) 09:33:22ID:tSzIg0zd
最新作

Wililiam Alwyn(オルウィン)1905-1985:弦楽四重奏曲第3番 1984 ★★★★

憑かれた巫女。その悲痛を神に告げ知らせんと全身を駆使する。
舞と祈りとの錯誤による不安定のなか、周りの者は大小様々は悲痛を
祈りという共通意識に投げ込んで、それは彼女により原始的運動にまで
表現され、原始的といっても、それは表現であるから、一つの昇華なのである。

悲痛が個を辛うじて緊張したまま流れ出す。
流れを全面に受ける彼女は、求められる動きの激しさに、次第に肉体を朽ちていく。
朽ちた部分からそれまで肉体に宿っていた祈りが一斉に騒ぎ出す。
祈りは意識をさらい、その意識が祈りの全てである、巫女の亡がら。
その美しい顔だけは残された。
祈りを一身に受け破壊された彼女は、囲む悲しみの表現に、一層美しい。
彼女の憂いに世界は憂う。
憂いは募り、もはや世界がそれを表現することができなくなるほど
彼女は虚空に孤独である。

0009名無しの笛の踊り2006/11/13(月) 09:37:17ID:SaEhdj4f
佐久間クンを思い出したw

現実にいるんですなこんな人も
0010( ☆´ー) ◆PpNattILVM 2006/11/13(月) 10:15:45ID:9aHR8xTW
文章だけ読むと、どんな曲かまったくわからないのが面白い。
0011名無しの笛の踊り2006/11/14(火) 07:17:56ID:mMGjo2i1
電波くんだなw
でも本当に100人いったら尊敬する。
0012名無しの笛の踊り2006/11/16(木) 18:06:14ID:qBclWSIF
せめて、

内省は再現・回顧
陰影は対比

に直してみてはいかがと
0013名無しの笛の踊り2006/11/16(木) 22:17:22ID:LvEzNyAi
>>1
ロマン派の作曲家は文学に想を得て曲を作ったが、あなたのやっているのは
丁度その反対に、音楽から詩を作っているように見える。
これがあなたの考える評論なのか?

「そんならお前の考える評論は何だ」という突っ込みは無しね。
俺も分からなくて訊いてるんだから。
0014kyrie ◆.RYdSpBfEI 2006/11/17(金) 17:33:48ID:pKliVqdW
>>13

私がやっていることについて述べると、
冒頭で、既に主題が具体的表現へと置換される。
音楽がなべて主題の変容であるとするなら、後は置換された表現を
主題の展開に従って正確に展開していけば、それは音楽の言語による具体化となるはずである。

また主題の展開を一切含まない、あるいは主題すら欠いている、現代音楽については、
音が鳴るその「場」を作曲者と共有し、場を具体的表現に置換すれば、
あとの作業は時間軸に従い、その変容を事細かに記述し、それはソナタ形式や複合三部形式ともはや同様である。
0015名無しの笛の踊り2006/11/17(金) 18:52:55ID:tH+/vzoq
申し訳ないのだが、

>心の内に、誰もが持つ湖。

なんてフレーズを無反省に書けるだけで、物書きとしては失格だね。ほんとに「みなさんの心の中には湖があります」って思ってるの?それとも、「こう書くとかっこいいから」と思ったの?

こういう、見てくれのカッコよさだけで無内容な言葉を並べてしまう、っていう書き方をしてる限りは、どこまで行っても自己満足で終わりだな。

>冒頭で、既に主題が具体的表現へと置換される。
>音楽がなべて主題の変容であるとするなら、後は置換された表現を
>主題の展開に従って正確に展開していけば、それは音楽の言語による具体化となるはずである。

でもさあ、6楽章の曲が2段落になったり、全然曲の構成が文章に反映してないじゃん(-.-;)。
「正確に」って、主題の反行とか、逆行とかはどう記述するのかなあ?文章を右から左に書くとか?
0016kyrie ◆.RYdSpBfEI 2006/11/17(金) 21:17:16ID:pKliVqdW
あなたは数ある表現から、「心の内に誰もが持つ湖」
を選んだわけだ。それに一抹の「表面的な」カッコよさを認めた上で。

私は「主題が置換される」と言わなかったか?
ブリテンの場合、まずもって楽想があって、その印象を、何もカッコよさなど先行させず、「心の内に誰もがもつ湖」と
純粋に記述したわけだ。
本当にカッコよさを狙うなら、私は使い古された「内」などという表現を用いない。
逆に言わせてもらうが、「みてくれのカッコよさ」などという表現は、完全に使いまわされた「表面−内部」
などという心理的空間的構図を前提しているわけだが、私はそれを回避する。
それを恒常的に回避するからこそ、あえて回避を回避したあのブリテンの記述は、どこまでも純粋な印象であるのである。



>でもさあ、6楽章の曲が2段落になったり、全然曲の構成が文章に反映してないじゃん(-.-;)。
>「正確に」って、主題の反行とか、逆行とかはどう記述するのかなあ?

これには正直にお答えする。
30分の曲を曲の展開どおりに記述すると、一体何行になるのか。
例えばソナタ形式の場合、私は評論をソナタ形式になどしない。
主題の言葉による表現は、あくまで聴かれた印象から派生したものであるから、
それが逆行するにしろ、拡大するにしろ、まずもって印象が先行するからこそ、
それが逆行あるいは拡大した結果としての印象を記述する、それもそれが記述
するだけの効果を評論に与えている限りにおいてだ。
0017名無しの笛の踊り2006/11/17(金) 21:24:23ID:GB03EkBc
絶対音楽って言葉、知ってる?
0018名無しの笛の踊り2006/11/17(金) 22:35:45ID:d7ZItaLX
http://hasaoka.12.dtiblog.com/
本物の評論家はこんなことやってるわけなんだが
0019名無しの笛の踊り2006/11/17(金) 23:37:13ID:pKliVqdW
>>17

絶対音楽は、確かに批評に困る。
俺が批評した限りでは、クセナキスや、ファーニホゥ、ペンデレツキ、P.M.デイヴィス(これは交響曲)が
それにあたる。
その場合は無理に象徴化してない。

>>18

普通。
0020kyrie ◆.RYdSpBfEI 2006/11/17(金) 23:48:16ID:pKliVqdW
はあ、改めて自分の批評を見直してみて、流石に40人も書いてると、同じフレーズが頻出するな。
「自体」多すぎ。これは反省。
やっぱり新しい方法論が必要だな。
0021名無しの笛の踊り 2006/11/17(金) 23:56:10ID:HYZqas3Y
キリエよ、おまえのしていることは論外だよ。
0022名無しの笛の踊り2006/11/17(金) 23:56:24ID:lKrXgekX
だれ向けの評論なの?

文章から音楽が連想できない
0023名無しの笛の踊り2006/11/18(土) 00:01:15ID:tH+/vzoq
>>16
 いやもう、ついてけない(-.-;)。だって、そもそも文章を読んだって、「純粋な印象」なんか受けないし。(誰かそんな印象を受けた人がいたら手を上げてくれよお!)
 「回避を回避」なんて、ただの言葉遊びだよ。ついでだから、「回避を回避を回避」してくれ。
 そもそも、ブリテンの主題がどこをどうすると「心の内に誰もがもつ湖」になるのか、その時点でただの独りよがりだ。ブリテンが聞いたら泣いて怒るぞ。

 まあ俺から見るとだな、あんたの文章には高校生の文芸部員的な使い古しの表現しか出てこないようにしか見えないが、それも意図して行っているというなら偉いもんだ。でも、それなら、

>>1
>使い古された評論用語。
>「深み」「内省」「光」「陰影」「ウィット」
>どうやって評論はこの螺旋から抜け出すか?

なんてことを他人に言ったらダメだぜ(^O^)。

>30分の曲を曲の展開どおりに記述すると、一体何行になるのか。
>例えばソナタ形式の場合、私は評論をソナタ形式になどしない。
>主題の言葉による表現は、あくまで聴かれた印象から派生したものであるから、
>それが逆行するにしろ、拡大するにしろ、まずもって印象が先行するからこそ、
>それが逆行あるいは拡大した結果としての印象を記述する、それもそれが記述
>するだけの効果を評論に与えている限りにおいてだ。

なんだよお、

>音楽がなべて主題の変容であるとするなら、後は置換された表現を
>主題の展開に従って正確に展開していけば、それは音楽の言語による具体化となるはずである。

>あとの作業は時間軸に従い、その変容を事細かに記述し、それはソナタ形式や複合三部形式ともはや同様である。

って言ったのはそっちじゃんかよお!言ってることがコロコロ変わるなあ(x_x)。普通の人間の言葉ではな、「記述するだけの効果を評論に与えている限りにおいて」だけつまみ食いすることを「正確な展開」とか「事細かに記述」なんて言わねえんだよ。

まあ無手勝流で文章を書き出すよりも先に、他人の書いた文章をたくさん読めよ、少年!
0024名無しの笛の踊り2006/11/18(土) 00:17:01ID:pD6I6Orp
クラ板もずいぶん丸くなったもんだな。
0025名無しの笛の踊り2006/11/18(土) 00:38:13ID:b6v1Vztt
丸くなってるついでに

文章表現自体は独特のものがあって面白い
あとは自分の文章が何を表現しているのか読み手に的確に伝わるような工夫があるといいよ

まーがんがれ
0026( ☆´ー) ◆PpNattILVM 2006/11/18(土) 02:06:18ID:/+9ZAHdH
>>20を読むまでわざとやってるのかと思ってたけど、
同じ言葉が短い間に何度も出てくるのにうんざりする。
特別な効果を狙うのでなければ、別の表現に直すべ。

一家に一冊、類語辞典。
0027名無しの笛の踊り2006/11/18(土) 03:13:17ID:hnShbM1s
なんかの曲を評論してそれをみんなに当ててもらうのはどうだろう。
3択でもいいよ>kyrie
0028名無しの笛の踊り2006/11/18(土) 09:34:36ID:uTWciTRL
>4の改竄

------ここから-----

銃声が小気味よくリズムする。
一人の倒れた男。
男は深い眠りにつく
銃弾が舞う戦場は、彼の目覚めを許さぬ。

戦いの音の後。男の肉の塊が血の海に島する。
腐臭。静寂。
四方から悲しみの風が吹く。父の悲しみ、母の悲しみ、子の悲しみ、
愛するものの悲しみの風。
風は亡骸をまき上げ、宙に巨大な十字を象り、鎮魂のミサが始まる。

------ここまで-----
0029名無しの笛の踊り2006/11/18(土) 16:28:29ID:/nZ00nJB
キリエが感電死でもしたら山田かまちになれるかな?
0030kyrie ◆.RYdSpBfEI 2006/11/18(土) 16:44:57ID:f4XnE8gD
>>23

スマソ
明らかに矛盾してたな。
まあ実践は>>16、理念としては>>14な感じ?

>>25

サンクス

>>26

単に同じ言葉の反復を避け、同じ意味の違う単語をあてがえばいいのか?

>>27

うはwww絶対ワカラナス
それは認める。
だから俺の評論は終極じゃなくて、俺は新しい評論の方法論をお前らと模索しようとしてこのスレ立てたんだよ

>>28

元のほうがいいなあ。俺はね。
0031名無しの笛の踊り2006/11/18(土) 18:52:00ID:dcljKYUX
まあ新たな試みとしては良いんじゃない?
ちょっと難解だけどね。

現代音楽ならぬ現代評論か?
前衛的なものは嫌われるのが世の常

まーがんがれ
0032名無しの笛の踊り2006/11/18(土) 21:15:53ID:2v5xpuw5
評論も何も。対象と何も関係のない言葉の遊びだね
さすがに下らなくなった
逝こ。
0033kyrie ◆.RYdSpBfEI 2006/11/18(土) 21:52:16ID:f4XnE8gD
>>31
うん、叩き煽りに負けず頑張る

>>32

対象と関係ないことを証明してくれ。
それこそ言葉遊びと言われるかも知れんが、
少なくとも対象に触発されているわけだし、
対象に、こう書かざるを得なかった、という必然性が精神分析学的にはあるはずだし。

逆に何の関係もないとは、どういう状況なの?
私は曲を聴き進めながら評論する。
だからまず体内に流れる信号、続いて鼓膜に届く音波、スピーカー、その先の
音楽、といったものに順々と「私は」関係する、その限りでの「私」は、確かに評論ではない。
また評論をする私、というものを考えてみれば、スピーカーの奥にある音楽、スピーカー、音波、電気信号
といったものどもは「私」を構成しはしないし、評論という反省的態度において、私は音楽ではない、
さらに現在する私ではない、という奇妙な状況に陥る。

一方で私はスピーカーと電気信号を区別したりはしないのであって、
その意味では「私はスピーカーであり、電気信号であり、音楽であることに没入する」「私」を
見出す私は、さらに「現在」する私ではない。

この調子で演繹を進めれば、なんだか新たな批評の道が開けそうだぞ!
0034名無しの笛の踊り2006/11/18(土) 22:13:08ID:5NcfK5pa
ボルヘスがとっくの昔にやってることを今更得意げに語られてもなぁ・・・。

そういえば、浅田彰の「ヘルメスの音楽」もこんな感じだった記憶が。
0035名無しの笛の踊り2006/11/18(土) 23:01:34ID:hnShbM1s
>>33
私は32でないんだけど…。
例えば評論家がAという演奏について
「本当にすばらしい演奏で心から感動した。私は涙を流した。」と
書いたとしよう。それは、あなたのいう意味では「対象と関係ある」ことは
否定できないよね。ところが出てきた文章は別にAでなくてもBでもCでも
当てはまるでしょ。

あなたの文章はそれと同じ。これはオルウィンを聴いて書きました、
ブリテンを聴いて書きましたと言われたらそうですかと思うけど、
それが逆だったとしてもたぶん誰もわからないと思う。
そういうのは正直つまらないんですよ。
0036kyrie ◆.RYdSpBfEI 2006/11/19(日) 05:01:02ID:5HDtTyOC
>>34

俺は哲学以外は読まんのです。
それに得意げに語ってないでしょ。
これから始めようとしてるんだから。

>>35

俺だけじゃなくて、全ての評論に当てはまることだと思います
0037名無しの笛の踊り2006/11/19(日) 10:01:37ID:HzTagnNw
>>35
>ブリテンを聴いて書きましたと言われたらそうですかと思うけど、
そうですかとも思えないのですが。

>1のやろうとしていることは、音楽を自分の中でイメージ化、言語化しようとしてるだけで
なんら一般性を持ち合わせていないし、誰にも影響を与えることはない。
なぜならば>1のイメージは、>1の中にしか存在し得ないのだから。
>1は、対象との関係性に没入しすぎて、社会の中の「私」という感覚が欠如している。
読み手を想定しない評論は、評論ではない。
チラシの裏にでも書いておけ、というレベル。

ロッキンオンという超メジャー音楽雑誌があるが、かつてこの雑誌は同人誌感覚で作られていた。
(実際同人誌だったし)
当時(1970年代後半)のロック系雑誌(当時は洋楽のみ)は、
「ミュージックライフ」「音楽専科」=ミュージシャンをアイドルし、音楽と関係ないネタが中心
「ミュージックマガジン」=過去の実績や参加ミュージシャンの紹介などデータ中心、というくくりがあった。
その中で「ロッキンオン」は、音楽と「私」とのかかわりを重視する私小説路線を主張した。
特に、いわゆる評論をメインにした「ミュージックマガジン」を目の敵にして、
「ロッキンオン」こそ新しい評論の形と言い張っていた。
>1の文章を読んでると、その頃の「ロッキンオン」を思い出す。

>>36
哲学“しか”読まないのはかまわないが、
その哲学によく引用されてる文献くらいは読んどいたほうがいいよ。

ついでながら、あなたの読んでいる「哲学」とは何かを教えてくれないか?
あなたのやりたいことが理解しやすくなるかもしれない。

以下蛇足。
音楽を文章化した最高例の一つは、筒井康隆の「バブリング創世記」。
この作品を元に山下洋輔が音楽化したが、これも傑作。
ラストの荘厳さには、笑いそして感動のあまり泣いた。
0038kyrie ◆.RYdSpBfEI 2006/11/19(日) 18:51:21ID:5HDtTyOC
>>37

「なんら一般性を持たない」なんてことがはたして有りうるのか?
そうだとすれば、俺は一般性から超越した存在になってしまい、そういう意味ではかえってあなたの言葉は嬉しいのだが。
だから自己満足だと言われればそれまでだが、
一般性とユニーク性との相関性は、研究してみる余地があると思うが?
一般性とユニーク性は、ベルグソン的漸次性で観念的な線を引ける、スペクトルできる、といった単純なものでは
ないように思える。


哲学以外はなんら得るものが少ないような気がして、つい敬遠してしまう。
ただ、ゲーテ、マン、トルストイあたりは読んでる。
邦人は読まないなあ。反省。
反省しても読まないだろうけど。

俺が読んでるの?とりあえずメジャーどころは抑えたつもり。
カントとかハイデガーとかフッサールとか。
今読んでるのはメルロ=ポンティの「知覚の現象学」だけど、ちょっと自分との距離を感じる。
0039宇野珍ポーコー2006/11/19(日) 21:39:55ID:UWgSeEXT
実は僕が出てくる前の音楽評論の大部分は
キリエ君の文章のごとき何を言いたいのかすら
よくわからぬ駄文ばかりだったのであるといえよう。
それを僕は今のように改めたのである
0040名無しの笛の踊り2006/11/19(日) 21:59:42ID:VIWkdZcr
アドルノなんてどうよ?
0041名無しの笛の踊り2006/11/20(月) 00:48:55ID:ssWqgUfe
>>38
>哲学以外はなんら得るものが少ないような気がして、つい敬遠してしまう。
その視野の狭さが、君の評論とやらの幅を狭くしているのでは?

ヒナステラ弦楽四重奏曲第2番の“評論”を読んで想起したのは、クラムの「ブラックエンジェルス」
それもクロノス・カルテットのやつではなく、最近出た編曲版の方。
音楽批評というからには、君の場合少なくともスピーカーを通して聞いているのだから
演奏者を明記しないのはいただけない。
同じ曲でも、演奏者によって印象はだいぶ異なってくると思うのだが。

>カントとかハイデガーとかフッサール
芸術を語るにはむいてないやつばっかりだな。
0042名無しの笛の踊り2006/11/20(月) 12:06:33ID:5nUyI+Cg
ここはネタスレなのかな?
0043名無しの笛の踊り2006/11/20(月) 12:12:31ID:ZHTNmzMu
日本においては、音楽批評は何の意味も持たないという事にあなた達はどう考えますか?
0044名無しの笛の踊り2006/11/20(月) 12:13:08ID:XtQtLyb6
>>43
ホーコー罪といえよう
0045名無しの笛の踊り2006/11/20(月) 15:01:37ID:7wUFyTbg
>>43
俺の単なる感想に過ぎないという前提で、日本の音楽批評が何の意味も
持たないという事については読み手(俺ら)の責任も大きいのだろうと
思う。2ちゃんももっと他の聴衆のマナーについての苦情だけではなく、
聴衆としての感想なりで盛り上がって欲しいもの。

今は知らないが、かつては吉田秀和などの批評家にメディアでどう書か
れたかは国内で活躍する演奏家にとっては大いに気になるようではあったよ。
0046名無しの笛の踊り2006/11/20(月) 15:45:19ID:onBA/4eS
>>43
俺は音楽批評なんて必要としてない。聴きたい音楽を聴く。
録音でも生演奏でも、何かしらの感じるところはあるけど、
他人がどう感じたかを読みたいとは思わないの。
0047名無しの笛の踊り2006/11/20(月) 16:01:02ID:5nUyI+Cg
どちらかというとキリエと君たちの方が何の意味も持たないと思われ
0048kyrie ◆.RYdSpBfEI 2006/11/21(火) 21:03:40ID:IjhB5DFJ
>>43

批評の無意味さも、も盤の批評か曲の批評かでずいぶん変わってくるよね。
俺はレコ芸の交響曲以下再現芸術としての批評は、指揮者ないし演奏者ををあるていど知ってるからこそ
スルーするが、
現代音楽のコーナーは参考にしてる。
さすがに自分の耳で、というにはリスクが高いし。
0049名無しの笛の踊り2006/11/21(火) 22:51:49ID:Y70aolWi
> 他人がどう感じたかを読みたいとは思わないの。

だったら他人もお前がどう感じたかなんか知りたくもないだろうから
何も書くな。何も喋るな。一人でひたすら聴いてな
0050名無しの笛の踊り2006/11/21(火) 23:31:45ID:swLOrpAV
音楽における評論の可能性って、
例えば、佐久間学氏の「夢色クラシック」とか?
0051kyrie ◆.RYdSpBfEI 2006/11/24(金) 14:15:38ID:QVQsCQiA
最新作。今回は丸くおさめた積り。ちょい哲学的だが。
やっぱ「抽象」使いすぎかなあ。

P.M.デイヴィス:交響曲第8番
http://music.maxopus.com/sample/mp3/symphony_no_8.mp3

争いに荒廃した精神。
広大無辺な抽象世界、一人彼は迷って。
一方の具体世界、肉体はまさに息を引き取らんと−

物凄い爆発の連続で、この壮大なクロニクルは始まる。
長く抽象にあった緊張が、肉体に爆発する。
完全に肉体から切り離された作曲者の、孤独な歌声。
それはなにを望むものでもなく、ただその孤独を訴える。
一方で彼は孤独でいたいのであって、何重にも自己を
抽象で固める。
やがてくるべき「死」から、己を回避せんと。
抽象に抽象に逃げ回る、抽象へ抽象へ潜り込む、
ああ、それでも悲鳴を上げる肉体は時間を留まることを知らず。
彼の目は生を背け、抽象の迷路へと自己を追いやる。
迷路になら永遠が宿っていよう、とでも思っているかのように−
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