福永はドイツレクイエムSP十枚組を皮切りに、カラヤンのレコードは全部買っていたそうだ

『結局私のレコード棚はカラヤンで溢れている。
だが、その中でどのレコードが永久保存に値するかと問われれば、1950年代前半までのが大部分で、
以後のは数えたてるほどしかない。(略)第九なら1947年ウィーンのが一番良い』

(1954年のN響の時)『悲愴の第三楽章で彼がバトンのビートを四つから二つに切り替えたときの興奮は、
今思い出しても胸が高鳴ってくるくらいのものであった』