もうひとつ付言すると、
「第九」は興行的にペイするシステムができたがゆえに堕落したのかもしれない。
合唱は市民合唱団でもOK、弾き手だってアマチュアからプロまでまんべんなく。
音楽の歓びを分かち合おうではないかと言えば、人が集まってきて
舞台の上も客席も勝手にいっぱいになってしまうくらいありふれたものになってしまった。
最後の合唱が出てくるまではちょっと眠いけど、などと言い合いながら観たりしてね。

資本主義の世の中だからこそ、絶対ペイしない壮大な奢侈こそ尖ってて貴重では?
滅多に聴けない曲であってほしいし、やる側も持ち出し覚悟で死に物狂いでやってほしい曲。

ひとつ言えるのはマーケティング的に成立した「愛は地球を救う」式「千人」が普及して、
人口に膾炙する時代になってしまえば、第1部と第2部の間には必ず拍手の渦が巻き起こって
それが慣例化していくだろうということ。しかし、そんな「千人」は聴きたくないw