>>906
モーツァルトが木管のヴィルティオーゾにどれだけ精通していたか
分かりませんが、彼の資質は奏法と書法のギャラントな融和であって
奏法にまつわる書法の発展というテーマはほとんどありません。

木管楽器についてはピアノほどでないにしろ
18世紀末から楽器の改造が顕著になります。
単純には音域の拡張と音程の不安定を取り除くのが目的だったのですが
オーケストラでは従来のコンチェルト奏者的な競合配置から
和音の増強という役割に移り変わる時期でもあります。

モーツァルトの場合は、他のバロック奏法を継承していた作品に比べ
木管楽器に特有のニュアンスを消しても作品として成り立つ特徴があり
古楽器とモダンの間にニュアンスの大きな違いはあっても
作品観の違いに及ぶことはほとんど稀です。
これは奏法の融和(ハルモニア)の枠組みがより強固であって
奏法の対話(コンチェルト)の構造を抱き込んでいるからと言えます。

これが書法の発展と言えるかは、個人的には躊躇するところで
多分、ピアノ曲に移しても何ら作品観の変更が起こらないと思います。
持続音をトリルにしてみると歌謡性に富んだ作品に変わることでしょう。