>>234
1806年のイエナとアウエルシュタットの戦いは、フランス軍と
プロイセン軍との戦いなので、この曲とは直接には関係ないようにも見える
んですが、詳しいことは私も知りません。

バイエルン選帝侯領(のち王国)は1778年に、あのマンハイム楽派の
雇い主プファルツ選帝侯が継承したので、マンハイム楽派の末期の
活動拠点はミュンヘンに移っているんですよね。フォーグラーの弟子の
1人ヴィンターはミュンヘンの宮廷楽長になってるし。
北ドイツの新教のプロイセンと、南ドイツの旧教のバイエルンでは、
さほど接点はないかもしれないけど、フランス革命やナポレオン戦争
がドイツ人の民族意識を刺激したことは事実でしょうね。

イエナで思い出したけど、通称「イエナ交響曲」の作曲者フリードリヒ・
ヴィット(1770〜1836)の「トルコ交響曲」イ短調(第6番)は面白い
音楽だった。