Bustaboはアメリカ生まれの女流ヴァイオリニストで、イタリア生まれの父とチェコ生まれの母を両親に持つ。
今日忘却されてしまった理由について、ハルトナックは下記のように書いている。
「彼女は、国際的なトップクラスの芸術家がすべてドイツとイタリアへ旅行するのを避けていた時代に、まさにそれらの国々で特別な喝采を受けたので、
のちに彼女はアメリカでボイコットされたのかも知れない。いずれにせよ、1930年代の後半に、彼女はベルリンの聴衆の人気の的であった。それは
決して彼女の魅力的な外見だけからくるものではなかったのである。」(20世紀の名ヴァイオリニスト)

録音はドイツ占領下のアムステルダムでメンゲルベルグと共演したブルッフ、ベートーヴェンのコンチェルトが残っている。
またイタリアの作曲家ヴォルフ=フェラーリは彼女にヴァイオリン協奏曲を献呈した。
1944年オズワルド・カバスタ指揮ミュンヘン・フィルで初演された。
戦後はヨーロッパ大陸に活動を制限された。