ルツェルン・フェスティバル・イン・東京 part 4
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0045名無しの笛の踊り
2006/10/14(土) 02:11:59ID:CzE6gB3s解釈をありがたがる人が多いですが、私はそんな人たちを軽蔑しています。
解釈解釈といいますが、解釈によって演奏家がいじれるのは、ごくわずかです。
彼らに与えられているのは極めて限定的な自由です。
アバドが演奏するマラ6と、バーンスタインが演奏するマラ6は、確かに違うでしょう。
でも、ほんの少ししか違わないですよね?
演奏家が変わったからといって、マラ6がマラ7になったり、ブル8になったりすることはないはずです。
「極めて限定的な自由」と言いましたが、「限定的」という事は、すなわち「非芸術的」ということです。
芸術なのですから、「解釈」みたいなセコセコしたものなんてどうでもいいのです。
まして、マーラーはロマン派の流れを汲む作曲家ですよ?
ロマン派なんて、芸術は爆発だ!じゃないですか。それなのになにをコソコソ解釈大会なんかやってるんですか?
そんなものはマーラーと何の関係もないでしょう?
現在採用されている記譜法には構造的な欠陥があるので、まったく演奏家の色が付かない演奏は実現しえないということは、私も分かっているつもりです。
ですが、最近の演奏会は替え歌大会的傾向が強すぎて、受け入れられません。
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