ピロは、自分がピアノ界の大御所であり、タレント業、著述業においても、
自己の発言が多大な影響力を及ぼすコトを、ご自身でよくご存知のハズ。
フジコの技能が、正統派の目からみては、果たして一流ピアニストおくあたわざるもの
だったとしても、それをピロコが発言することは、フジコを世間において充分
叩きのめすに値することを、自身で認識していないわけがない。
フジコのほかに、ダメピアニストは五萬と存在するのに、フジコを標的に叩く
必要性は大だったのか、、。評論家として意見を求められたわけでもないのに
それをわざわざ発言するところに、「フジコに対する許せなさ」が露出している。
音楽の知識もあまりないが、フジコのイメージと演奏で、心を和ませていたファンの
人達が、それを聞いたり、読んだりすることによって、暗い気持ちになることを
想わなかったのだろうか。
アルゲリッチは、才能があるのに埋もれているピアニストを鼓舞させるために、それに
圧力を加えている政治的な周囲の環境に対して、怒りを表明することはあるが、
無名な音楽家や、その他現在、活躍しているピアニストをけなすことは決して
ない。毎年おこなわれる別府の音楽祭でも、総監督としての報酬を辞退したそうだ。
カレ−のコマ−シャルにでてくれといったら出るかもしれないし、また、フジコ
の描いた絵葉書は買わないかもしれない。しかし、公に一人の老ピアニストを
叩く事はしないだろう。