宇宿に怒鳴られたくないから、他の楽団は呼ばないんだよ。
大時代的な演奏を聴けばわかるいうのはあくまで参考書みたいなものであって、べつにフルトヴェングラーなんかの真似をせよ、ということではありません。
その古きよき時代の演奏が好きかどうかということは、宇宿の音楽観とは全く別のもの。
大時代的な演奏だから宇宿は好きという人もいらっしゃると思うが、その部分だけでは宇宿の本意は理解できない。
音楽における神に対する感謝の表現、人間的な情熱の表現などといものがわからなく、ただ「クラシックはいいねえ」という聴き方では、宇宿の理解は困難だな。
でもこれは、宇宿に限ったことではなく、一流の指揮者ならば誰もが持っている考え方で、それを奏者に伝えるリハーサル時の会話技術、棒の技術が優れているかどうかということ。
残念ながら宇宿には若い奏者に理解させられるほどの話法と棒の技術が無い。
しかし、人生経験豊富な熟練した奏者集団なら、そんなことはいとも簡単に解決してしまうんだと思うがな。
ハナシ戻るが、そんな集団は宇宿にギャーギャー指導されたくないから、宇宿を呼ばないという方程式ができてしまう・・・。