通常その楽器のために作曲されたものがオリジナルと呼ばれている。
つまりその楽器の特性を活かし長所を伸ばし短所を補うように作曲をした作品ということだ。
前にバスギターでチェロ組曲を演奏するとあったがオリジナルを越える楽曲になる筈はない。
なぜならチェロのために書かれた曲なのだから。
結果、一般の人達は当たり前のようにチェロのオリジナルを聴く。
つまり逆説的にいうとオリジナルがない楽器はこの世にあってもなくてもどっちでも良い存在ということになる。
ここに大きなテーマがある。
一般の視線とNの視線に大きな隔たりがあるように思える。
Nでギターを演奏する人に価値があることがその他大多数の演奏をしない人達や他の音楽家、芸術家にも価値があるのか検証をしなければこのギャップは埋まらない。
セゴヴィアが偉大なのはギターの為のオリジナルを作曲家に大量生産させ、又過去の遺産からオリジナルを発掘したことである。
つまりギターでこそ最高の音楽が表現できるフィールドを作り上げたのである。