今から10年ほど前に、某男性とお見合いをしました。
世話していただいた人から、男性はクラシック音楽が好きだということを聞いていたので、
お見合いの前までに、講談社現代新書から出ている「クラシックの名曲・名盤」という
本を読んでおきました。
お見合いの第一印象では、まじめそうな男性で好感が持てました。
2回目のデートでは、サントリーホールでの演奏会に誘われました。
オールモーツアルトのプログラムでした。
初めてのサントリーホールの雰囲気も素敵でした。
私は、前半のクラリネット協奏曲の演奏にとても感激しました。
コンサートが終わって、虎の門駅へ歩きながら、私は
「前半のクラリネットがとても素敵でした。とても透明な感じ。
明るいんだけど、なんだか寂しくなってしまう不思議な音楽。」
と感想を話しました。
男性の答えに呆然としてしまいました。
「○○○○のクラリネットに比べて、音色の変化が単調で・・・
・・・・・・楽しめなかった」
現代新書に書いてあること、そのままの感想でした。
その後、ワインバーでクラシック音楽に関する話をしたのですが、
男性の言っていることは、「○○○○に比べて・・・・」に終始していました。
はっきり言って、退屈でした。
この人には、自分の意見というものが全くないことを見抜いたからです。
すべて、本から得た知識でしか物事を見ることができない人でした。

改めて、講談社の新書を読んでみましたが、世のクラシック音楽のファンとは
「こういう演奏が名演だ」ということを読んでから、演奏を聴くのでしょうか。
音楽の楽しみって、そういうものですか。
音楽を聴く楽しみって、自分の心で無心に聞いてみて、感動したかどうかが
すべてではないでしょうか。