あの頃、ヨーロッパの音楽界はカラヤンが君臨していたため、バーンステインはアメリカの
音楽家ぐらいにしか見られてなかったんだ、ミュージカルの作曲家というイメージが強かった
んだ、でも、日本では彼のレコードが毎月のように新譜で発売されてたな、ほとんどの名曲が
NYPとのコンビで出てたんだけど、66年にVPOとデッカ(日本ではロンドン)に録音を
した時は驚いたな、これが評判がよくてバーンステインがヨーロッパに進出するきっかけに
なったんだ。その時の大地の歌のレコードの初期盤持ってるけどだいぶ痛んでるぜ。